【建築のひとコマ⑪】デゴイチの大きさを決めた?福井の山奥にひっそり佇む小刀根トンネル

こんにちは!長野で注文住宅・デザイン住宅を手がけている「ALOHA100」設計の中澤です。
建物の形や納まりに隠れた工夫を、設計を学んだ視点から紹介する「建築のひとコマ」。
「建築のひとコマ」では、これまで建物を中心に紹介してきましたが、今回は少し珍しく土木建築について。
福井県敦賀市の山あいに、明治時代の姿をそのまま残す小さな鉄道トンネルがあります。
その名も「小刀根トンネル」。

道路沿いに現れた「小刀根トンネル 70m先」の看板。
案内に従って森の中へ入っていくと、木々の間から石とレンガでできたトンネルが姿を現しました。
明治14年の姿を残す、日本最古のトンネル

小刀根トンネルが完成したのは、1881年(明治14年)。
全長は約56メートル。
かつては旧北陸本線、のちの柳ヶ瀬線の鉄道トンネルとして使われていました。
「日本最古の鉄道トンネル」と紹介されることもありますが、日本で最初に造られた鉄道トンネルという意味ではありません。
古い鉄道トンネルの多くが、道路への転用や安全対策によって拡幅・補強されてきたなか、小刀根トンネルは建設当時の姿をほぼそのまま残しています。
そのような鉄道トンネルとして、日本最古とされています。
入口を正面から見ると、左右には重厚な石積み、その中央にはレンガで縁取られたアーチがあります。
トンネルの入口は「ポータル」と呼ばれ、山から受ける土圧を支え、坑口の崩落を防ぐ重要な部分です。
イギリス積みか、フランス積みか

左右対称に積まれた石や、水平に走る帯状の石、アーチの頂点に置かれた要石。
土木構造物でありながら、どこか建物の正面玄関のような端正さがあります。
明治時代の鉄道トンネルと聞いて、もうひとつ気になっていたことがありました。
それは、レンガの積み方です。
明治時代の古いトンネルといえば、やはりレンガ造り。
レンガ造りの建物や土木構造物を見ると、つい気になってしまうのが、その積み方です。
長い面と短い面を一段ごとに交互に並べる「イギリス積み」なのか。
それとも、一段の中に長い面と短い面が交互に現れる「フランス積み」なのか。
小刀根トンネルは、果たしてどちらなのだろう。
そんなことに胸を躍らせながら、レンガの並びをじっくり見てみました。
おや……?
長手積みだ。
長手積みとは、レンガの長い面を正面に見せながら積んでいく方法です。
レンガ造りのトンネルでは、天井のアーチ部分によく用いられています。
レンガをアーチ状に積み重ねることで、上から受ける力を曲面に沿って左右へ流し、圧縮する力として受け止めることができます。
圧縮に強いレンガの性質を生かした、頑丈で理にかなった構造です。
なるほど、小刀根トンネルは長手積みか。
そう思いながら内部へ入ってみると、さらに予想外のものが目に飛び込んできました。

上半分には、きれいなレンガのアーチが続いています。
ところが、下半分は――岩。
岩!?
そうです。まるで手掘りトンネルのように、荒々しい岩盤や石の表情がそのまま残っているのです。
「ここまで古くなると、イギリス積みやフランス積みを通り越して、岩盤むき出しなのか……」
思わず、そんなことを考えてしまいました。
もちろん、単純に「古いから岩盤のまま」というわけではありません。
イギリス積みやフランス積みは、レンガで壁を造る場合の積み方です。
それに対して小刀根トンネルは、下部に岩盤や石を生かし、特に力を受ける上部をレンガのアーチで支える、二つの材料を組み合わせた構造になっています。
現在の鉄道トンネルであれば、内側をコンクリートで覆い、均一で滑らかな断面に仕上げるのが一般的です。
しかし、小刀根トンネルでは、山を掘った痕跡や材料の違いがそのまま目の前に現れています。
岩盤をすべて覆い隠すのではなく、山そのものの強さを利用しながら、必要な部分にレンガを積む。
一見すると「仕上げの途中」のようにも見える荒々しい壁面ですが、そこには、限られた材料と技術で山を貫こうとした明治初期の合理性が表れているように感じました。
レンガの積み方を見に来たはずが、その下から現れたのは、レンガよりもさらに原始的で力強い「山そのもの」でした。
蒸気機関車が残した黒い天井

トンネルの中へ進むと、外の音が遠ざかり、ひんやりとした空気に包まれます。
暗くわかりにくいですが、天井付近に一本の黒い線が見えますでしょうか?
天井付近のレンガが黒く変色しているのは、かつてここを走っていた蒸気機関車の煤によるものです。
きれいに保存するために塗り直されたのではなく、列車が走っていた痕跡まで、そのまま残されています。
内部には、人が一人入れるほどの小さなくぼみもあります。
これは、トンネル内で作業していた保線員が、列車を避けるために使った退避場所だったそうです。
列車のための巨大な土木構造物の中に、人ひとりの身体に合わせた小さな空間が造られている。
石やレンガだけでなく、ここで働いていた人々の姿まで想像できる場所です。
また、全長56メートルと短いトンネルではありますが、入口から見ると反対側の光がほぼ中央に見えます。
現在ほど測量機器や建設機械が発達していなかった明治初期に、これほどまっすぐ山を貫いた技術にも驚かされます。
この小ささが、デゴイチの大きさを決めた

(写真:乗りものニュースより)
小刀根トンネルを歩いてみると、現在の鉄道トンネルと比べて、ずいぶん小さく感じます。
アーチ部分の高さは約4.72メートル、幅は約4.27メートル。明治初期の鉄道規格で造られたため、後の鉄道トンネルと比べると断面が小さいのです。
しかし、既に使われているトンネルを、新しい機関車が登場するたびに造り直すわけにはいきません。
そこで、昭和を代表する蒸気機関車「D51」、通称デゴイチは、この小刀根トンネルを通過できる大きさに合わせて造られたといわれています。
普通は、乗り物に合わせて道路や建物を造るように思えます。
ところが、ここでは逆でした。
明治時代に造られた小さなトンネルが、半世紀以上後に登場する大型蒸気機関車の寸法を制限したのです。
たった56メートルのトンネルが、日本を代表する機関車の大きさを左右した。
そう考えると、土木構造物が社会に与える影響の大きさが見えてきます。
土木は、未来の基準を作る

小刀根トンネルは、1964年に柳ヶ瀬線が廃止されるまで、鉄道トンネルとして使われました。
現在は線路が撤去され、歩いて内部を通り抜けることができます。
明治時代のトンネルの向こうを、現在の道路を走る車が通り過ぎていきます。
古いレンガのアーチが、現代の交通を切り取る額縁のようにも見えました。
建築は、その場所を使う人の暮らしや行動を形づくります。
一方で土木建築は、鉄道や道路、そこで使われる乗り物の規格まで、社会の仕組みそのものを形づくることがあります。
一度造られれば、何十年、時には100年以上にわたって残り続ける土木構造物。
現在の設計判断が、遠い未来には変えることのできない「前提条件」になっているかもしれません。
レンガの積み方を見に訪れた小刀根トンネル。
そこで出会ったのは、長手積みのレンガとむき出しの岩盤、蒸気機関車の煤、そして半世紀後の機関車の大きさまで左右した、明治時代の小さな設計でした。




