【建築のひとコマ⑨】7万年の時間を、45mの建築に納める

こんにちは!長野で注文住宅・デザイン住宅を手がけている「ALOHA100」設計の中澤です。
建物の形や納まりに隠れた工夫を、設計を学んだ視点から紹介する「建築のひとコマ」。
今回は、福井県若狭町にある福井県年縞博物館。

「年縞博物館」という名前を初めて見たとき、そもそも「年縞」とは何だろうと思いました。

調べてみると、年縞は「ねんこう」と読み、湖の底に毎年少しずつ積み重なった泥の層のこと。

季節によって湖に沈むものが異なるため、明るい層と暗い層が交互に重なり、一年に一組の縞模様ができます。

言ってみれば、木の年輪の湖底版です。

長い屋根の下に収められた、7万年分の時間

博物館を正面から見ると、まず目に入るのが、横方向へ長く伸びる大きな切妻屋根です。

設計を手掛けたのは、内藤廣建築設計事務所。

建物は、中央にある2階建ての展示棟と、その両側に配置された平屋の研究棟から構成されています。

なぜ、これほど細長い建物なのでしょうか。

その答えは、館内に展示されている「7万年分の年縞」にありました。

水月湖の湖底から採取された年縞は、つなぎ合わせると全長約45m。

これを途中で折り曲げたり、別々の部屋に分けたりせず、一続きの時間として見せるために、展示空間そのものが細長くつくられています。

建物の形が、展示物によって決められているのです。

1階を開放し、展示室を持ち上げる

入口へ向かうアプローチでは、細い柱が並ぶ長い屋根の下を歩いていきます。

展示棟の1階部分は、壁で囲われた部屋を最小限に抑えたピロティ空間。

この場所は三方湖の湖畔にあり、近くには川も流れています。

洪水によって冠水する可能性があるため、重要な展示室は2階へ持ち上げられました。

ピロティは建物を軽やかに見せる意匠であると同時に、水害から展示物を守るための合理的な断面計画でもあります。

外から見ると穏やかで、周辺の風景に溶け込む建物ですが、その足元には土地の条件を読み取った設計が隠されていました。

木・鉄・コンクリートを適材適所に使う

2階の展示室へ入ると、外観から想像していた以上に、屋根の構造がはっきりと見えます。

大きな切妻屋根には福井県産の木材が使われ、その屋根を鉄骨のトラスが支えています。

さらに、その下を鉄筋コンクリートの壁や床が受け持つ、木・鉄・コンクリートの混構造です。

木だけですべてを支えようとするのではなく、積雪などによって大きな力がかかる部分には鉄骨を使用する。

水害の影響を受ける下部には、力強い鉄筋コンクリートを使う。

それぞれの材料が得意な役割を担当しています。

黒い鉄骨の間に暖かな木の天井が見えることで、展示室は巨大な倉庫のような冷たい空間にはなっていません。

構造を隠すのではなく、そのまま空間の表情として見せている点も印象的でした。

目の前に現れる、7万年の“しましま”

そして、この博物館の中心となるのが「水月湖年縞7万年ギャラリー」です。

壁に沿って延々と続いているのは、水月湖から採取された約7万年分、全長45mの年縞。

薄く切り出された年縞が、ステンドグラスのように光を通して展示されています。

近づいて見ると、本当に細かな縞が何本も重なっています。

一組の縞が一年。

私たちにとっての一年は、それなりに長い時間ですが、7万年という単位で見ると、一本の細い線に過ぎません。

展示の横を歩くことで、ただ数字として「7万年」と聞くよりも、その途方もない長さを身体で感じることができます。

長い展示室は、年縞を並べるための単なる箱ではありません。

来館者自身が7万年の時間に沿って歩く、ひとつの体験装置になっているように感じました。

なぜ、水月湖の年縞は世界一なのか

年縞ができる湖は、水月湖だけではありません。

それでも水月湖の年縞が「世界一」と呼ばれるのは、約7万年分の層が、一か所に途切れることなく連続して残されているからです。

水月湖には、年縞を残すための非常に珍しい条件がそろっています。

まず、湖に直接流れ込む大きな河川がありません。そのため、大量の土砂によって湖底の層が乱されにくくなっています。

さらに湖底には酸素がほとんどなく、泥をかき混ぜる生物が生息できません。

そして、断層活動によって湖底が少しずつ沈み続けてきたため、長い年月をかけて泥が積もっても、湖が埋まりきらずに済みました。

いくつもの地形・地質・生物環境の条件が偶然重なり、7万年間にわたる記録が守られてきたのです。

年縞は、世界の年代を測る「ものさし」

年縞は、過去の気候を知るためだけのものではありません。

考古学では、土器や木片などの年代を調べるために「放射性炭素年代測定」が使われます。

しかし、大気中に含まれる放射性炭素の量は時代によって変化するため、測定結果にはズレが生じます。

そこで役立つのが、一年ごとの年代を数えられる年縞です。

年縞の中に含まれている葉などを調べれば、「何年前の植物に、どれだけの放射性炭素が残っていたか」を対応させることができます。

つまり、水月湖の年縞は、年代測定のズレを修正するための基準になります。

福井県の静かな湖底に積もった泥が、世界各地で発見された遺跡や化石の年代を測る「世界標準のものさし」になっているのです。

建築そのものが、時間の長さを伝えている

博物館の外には、穏やかな三方湖と山々の風景が広がっています。

なお、年縞が採取された水月湖は、この山の向こう側にあります。

建物の軸は、その水月湖の方向を意識して配置されているそうです。

低く長い切妻屋根は周囲の山並みに馴染みながら、その内部では7万年という途方もない時間を、45mの一直線の展示として見せています。

水害に備えて展示室を持ち上げるピロティ。

木・鉄・コンクリートを使い分けた混構造。

そして、年縞の長さをそのまま受け止める細長い空間。

一見すると静かで素朴な博物館ですが、建物を見ていくと、この場所の地形と気候、そして展示する「時間」から、ひとつひとつの形が決められていることが分かります。

7万年という、想像することさえ難しい時間。

福井県年縞博物館は、それを説明パネルだけではなく、建築の長さと、そこを歩く体験によって伝える博物館でした。