【気まぐれ旅日記⑭】出雲の始まりは京都?亀岡に鎮座する出雲大神宮

こんにちは!長野で注文住宅・デザイン住宅を手がけている「ALOHA100」設計の中澤です。
旅先で出会った景色や歴史、思わず立ち止まった場所を紹介する「気まぐれ旅日記」。
今回は、京都府亀岡市にある「出雲大神宮」です。

「出雲」と聞いて、多くの人が思い浮かべるのは島根県の出雲大社ではないでしょうか。

私も、出雲といえば島根というイメージを持っていました。

ところが京都府亀岡市には、その出雲大社よりも古いという伝承を持つ神社があります。

その名も、出雲大神宮。

別名「元出雲」と呼ばれる、少し気になる神社を訪ねてきました。

出雲大神宮が鎮座するのは、亀岡盆地の東側にそびえる御蔭山の麓。

大きな石造りの鳥居と「出雲大神宮」と刻まれた社号標が迎えてくれます。

京都といっても、ここは市街地から離れた亀岡の山際。

鳥居の向こうには深い緑が広がり、観光地としての華やかさよりも、山に抱かれた神社らしい落ち着きが感じられます。

境内に入ってすぐ、「丹波國一之宮 名神大社 元出雲」と書かれた案内板を見つけました。

やはり気になるのは、この「元出雲」という言葉です。

出雲大神宮に伝わる社伝では、奈良時代の初め、ここから大国主命の御神霊を現在の島根県にある杵築の地へ遷したとされています。

それが現在の出雲大社であることから、こちらが「元出雲」と呼ばれるようになったのだとか。

ただし、その根拠とされる『丹波国風土記』は現存しておらず、歴史的に確認された事実というより、この神社に古くから伝わる伝承です。

本当にこちらが出雲の始まりなのか。

確かな答えは分かりませんが、島根から遠く離れた京都の山間に、これほど古い「出雲」の信仰が残っていること自体、とても興味をひかれます。

境内では、たくさんの風鈴が涼しげな音を響かせていました。

出雲大神宮に祀られているのは、大国主命と、その后神である三穂津姫命。

夫婦の神様を祀ることから、縁結びの神社としても知られています。

色とりどりの風鈴の下には、参拝者が願いを書いた短冊がびっしり。

古い由緒を持つ神社ですが、こうした光景には親しみやすさも感じられました。

風鈴の先に現れるのが、堂々とした拝殿です。

左右へ大きく伸びた檜皮葺の屋根と、背後を埋め尽くす木々。

その姿は豪華というより、長い時間をかけて森の景色に馴染んできたように見えます。

現在の本殿は室町時代前期、1346年の建築とされ、国の重要文化財に指定されています。

ただ、出雲大神宮の信仰は社殿が建てられるよりもさらに古く、もともとは背後にそびえる御蔭山そのものが信仰の対象だったといいます。

神社では社殿に目が向きがちですが、ここでは参拝を終えてからがもう一つの始まりでした。

境内の案内図を見ると、本殿の背後には磐座や滝、古墳、いくつもの社が点在しています。

山そのものが御神体。

その言葉を確かめるように、社殿の脇から森の奥へと進んでみます。

鳥居をくぐると、境内の雰囲気が一変しました。

先ほどまで聞こえていた参拝者の声が遠くなり、聞こえてくるのは木々のざわめきと水の音。整えられた神社の境内から、少しずつ深い森の中へ入っていきます。

大きな木にはしめ縄と紙垂が巻かれ、岩や木、水といった自然そのものが神聖な存在として扱われていました。

社殿の中にだけ神様がいるのではない。

山全体が信仰の場所なのだということが、歩いているうちに少しずつ伝わってきます。

森の中に現れたのが、「神乃磐座」と呼ばれる巨大な岩です。

磐座とは、神様が降り立つ、あるいは宿ると考えられてきた岩のこと。

注連縄が張られた巨岩は、建物のように人の手で形を整えられたものではありません。

ただそこに存在しているだけなのに、不思議と視線を引きつけます。

柵の先は神域であり、立ち入りは禁止。

近づいて触れるのではなく、少し離れた場所から静かに眺める。

その距離も含めて、この場所の神聖さが守られているようでした。

さらに先にある御神体山の一部へ入るには、社務所で受付を行い、たすきを身につける必要があります。

そして磐座の周囲など、何人たりとも立ち入ることのできない禁足地も残されています。

観光地として誰でも自由に歩けるよう整備するのではなく、入ってよい場所と、入ってはいけない場所を明確に分ける。

昔から信仰されてきた山を、今も神域として守っていることが分かります。

岩の間を流れ落ちる「みかげの滝」も、しめ縄によって囲われていました。

決して大きな滝ではありません。

しかし、苔むした岩の間を静かに流れる水を眺めていると、規模の大きさとは別の、清らかな雰囲気を感じます。

社殿、磐座、木々、そして水。

出雲大神宮では、それぞれが別々の見どころとして並んでいるのではなく、御蔭山という一つの自然の中でつながっていました。

境内を下っていくと、苔に覆われた岩のそばに、かわいらしいうさぎの姿もありました。

大国主命といえば、やはり「因幡の白兎」。

神聖な空気が漂う山の中で、こうした親しみやすい姿を見つけると、少しほっとします。

島根の出雲大社よりも前に、この場所から出雲の信仰が始まったのか。

その真相を確かめることはできません。

けれども、社殿が建てられるより前から山や岩、水を信仰してきた痕跡は、現在の境内にもはっきりと残っていました。

「元出雲」という言葉にひかれて訪れた出雲大神宮。

実際に歩いて印象に残ったのは、その呼び名以上に、神社の奥に今も守られている深い森でした。

出雲の始まりだったかもしれない場所。

そう思いながら森を振り返ると、亀岡の静かな山が、少しだけ特別な場所に見えてきました。