【気まぐれ旅日記⑩】岩山をくり抜いた道、灯篭坂大師の切通し

『房総半島には、手掘りのトンネルや切り通しが多いらしい。』

そう聞くと、最初は「へぇ、そうなんだ」くらいに思っていたのですが、実際に走ってみると確かに多い。

灯籠坂大師へ向かう道中の国道でも、何度もトンネルを通りました。

普通、トンネルというとコンクリートで固められた大きなものを想像しますが、房総の道を走っていると、思い返せば手掘りのような少し狭いトンネルの方が多かった気がします。

岩をくり抜いて、そのまま道にしたようなトンネル。

薄暗く、少し狭く、壁の表情もどこか荒々しい。

海沿いの景色を求めて房総半島を走っていたはずなのに、

「あれ、房総って山側の道もかなり面白いぞ……?」

そんなことを思いながら向かったのが、Googleマップで見つけてからずっと気になっていた場所。

千葉県富津市にある「灯籠坂大師の切通し」です。

駐車場に車を停め、少し歩いていくと、最初に現れたのがこちら。

おお〜、手掘りのトンネルだ。

壁も天井もゴツゴツしていて、機械で綺麗に整えられたトンネルとは全く違う表情をしています。

コンクリートで固められた現代のトンネルは「構造物」という感じがしますが、ここはどちらかというと、岩の中に人が通れる隙間を作ったような印象。

この時点で、すでにかなり良い。

房総半島にはこういう手掘りトンネルが多いと聞いていましたが、実際に目の前にすると、なんとも言えない味があります。

中に入ると、壁の削り跡がかなりはっきり残っています。

滑らかではなく、ザラザラ、ゴツゴツ。

天井も壁も少し波打つように削られていて、ただ通るだけのトンネルなのに、思わず立ち止まってしまいます。

「これを人の手で掘ったのか……」と思いながら進んでいく。

この時点では、正直このトンネルが目的地だと思っていました。

しかし、トンネルを抜けた次の瞬間。

本体、登場。

いや、さっきの手掘りトンネルだけでも十分面白かったのですが、その先に現れた景色は完全に別格でした。

左右にそびえ立つ高い岩壁。

その間を、車一台分ほどの細い道が通っています。

まるで巨大な岩山を、包丁でスパッと切ったような空間。

「切通し」という言葉は知っていましたが、ここまで文字通り“切り通した”景色を目の前にすると、急に言葉の意味が実感を持って迫ってきます。

見上げると、下は薄暗く、上には明るい緑と空。

この明暗差がすごく良い。

岩壁の上からは植物が垂れ下がり、壁面にも苔やシダがびっしりと生えています。

人工的に削られた道なのに、長い時間をかけて自然が入り込み、今では人の手と自然が混ざり合ったような不思議な空間になっていました。

道幅はそこまで広くありません。

ですが、両側の岩壁があまりにも近く、高さもあるため、実際の幅以上に圧迫感があります。

車で通ることもできる道なのですが、歩いていると、道路というより峡谷の底を進んでいるような感覚。

でも、これは川が削った谷ではなく、人が削った道。

そこが面白いところです。

岩壁には、削った跡のような筋が何本も残っています。

まっすぐ均一ではなく、場所によって表情が違う。

現代の土木構造物のような整った美しさではありません。

むしろ、荒々しい。

けれどその荒さの中に、手仕事の跡のようなものが残っていて、ずっと見ていられます。

建築でも、完璧に綺麗な仕上げ材より、古い石垣や手作業の跡が残る壁に目がいってしまうことがあります。

この切通しにも、それに近い魅力がありました。

そして、壁を近くで見てみると……

思っていた以上にもろい。

爪でこすると、ぽろぽろと削れるほどでした。

もちろん、だから削っていいという話ではありませんが、触ってみると硬い岩というより、固まった砂や土に近い感触の部分もあります。

房総半島に手掘りのトンネルや切通しが多い理由として、こうした比較的やわらかい地質も関係しているのかもしれません。

とはいえ、掘りやすかったとしても、これだけの高さと長さを人の手で削るのは、とんでもない労力だったはずです。

岩肌には、小さな植物がびっしりと根を張っていました。

苔、シダ、小さな葉っぱ。

こんな垂直に近い壁でも、わずかな凹凸や湿気を頼りに植物が育っている。

人が岩を削って道を作り、その削られた面に、今度は植物が住み始める。

まるで岩壁の表面に、小さな森ができているようでした。

岩を削って道を通した人の営み。

そこに時間をかけて入り込んだ植物。

そして今も、その道を人や車が通っているという日常。

観光地として作られた絶景ではなく、暮らしや信仰のために作られた道が、結果としてものすごい景色になっている。

そこに強く惹かれます。

切通しを抜けたあと、振り返ってみると、また違った景色が見えました。

鳥居のすぐ横に、ぽっかりと口を開ける岩の道。

改めて見ると、かなり不思議な景色です。

神社仏閣の入口というと、階段や参道を想像しますが、ここでは鳥居の横に巨大な岩の切れ目がある。

自然の中に信仰があり、そのすぐ隣に人が削った道がある。

房総の山の中に、こんな空間が残っているとは思いませんでした。

ただ道を通すために、岩を削る。

言葉にすると、それだけのことかもしれません。

でも、その結果として生まれた空間は、ただの道路とは思えないほど迫力がありました。

人が地形に手を入れ、時間がそこに植物を重ね、今も道として使われている。

灯籠坂大師の切通しは、そんな「地形と人の仕事の跡」がそのまま残る場所でした。

房総半島、思っていた以上に奥が深いです。

海だけじゃないですね。

これはまた、別の切通しや手掘りトンネルも探しに行きたくなりました。