【気まぐれ旅日記⑬】宿場町を育てた、小さな清流ーー醒井宿/地蔵川

こんにちは!長野で注文住宅・デザイン住宅を手がけている「ALOHA100」設計の中澤です。
旅先で出会った景色や歴史、思わず立ち止まった場所を紹介する「気まぐれ旅日記」。
岐阜県から関ケ原を越え、滋賀県へ。

中山道を西へ進んだ先に、醒井宿(さめがい-じゅく)という宿場町があります。

醒井宿は中山道61番目の宿場。今も街道沿いには、どこか昔の面影を感じさせる町並みが残っています。

しかし今回のお目当ては、宿場そのものではありません。

町の中を静かに流れる、小さな川です。

その名は、地蔵川。

道路のすぐ脇を流れるほど細い川ですが、水をのぞき込んでみると驚きました。

とにかく、透明なのです。

川底の石や水草までくっきりと見え、じっと眺めていると、水が流れていることさえ忘れてしまいそうになります。

地蔵川の水は、「居醒の清水」という湧水から始まります。

川を上流へたどっていくと、木々と石に囲まれた、少し神秘的な場所にたどり着きました。

この水には、伊吹山の神との戦いで傷ついたヤマトタケルが、体を癒やしたという伝説が残されています。

「居醒」という名前も、ここで体を冷まし、正気を取り戻したことに由来するのだとか。

現在も湧水は絶えることなく流れ続け、醒井宿の中を通って地蔵川となっています。

そもそも、なぜ醒井宿はこの川に沿って形成されたのでしょうか。

今でこそ蛇口をひねれば簡単に水が出てきますが、当時の旅において、きれいな水はとても貴重なものでした。

人や馬が喉を潤すのはもちろん、旅籠での炊事や洗濯、日々の暮らしにも大量の水が必要になります。

関ケ原周辺の山道を越えてきた旅人にとって、こんこんと湧き続ける醒井の清水は、まさに疲れを癒やす存在だったのでしょう。

水がある場所に人が立ち止まり、人が立ち止まる場所に宿や店ができる。

そうして道が街道となり、その傍らに宿場町が育っていきました。

醒井宿は、地蔵川の景色を取り入れてつくられた町というよりも、地蔵川があったからこそ生まれた町なのかもしれません。

そして、この時期の地蔵川でもう一つ楽しみにしていたものがあります。

清流の中に咲く、梅花藻です。

梅花藻は、梅の花に似た白い花を咲かせる水草。

地蔵川では、水温が一年を通して14度前後に保たれているため、初夏から晩夏にかけて、その小さな花を見ることができます。

緑色の水草が流れに合わせてゆらゆらと揺れ、その間から白い花が水面へ顔を出していました。

水の中に咲く花というだけでも珍しいのですが、一輪一輪が本当に小さく、川いっぱいに散りばめられた白い星のようにも見えます。

注意して川をのぞかなければ、見過ごしてしまいそうなほどささやかです。

けれど、その控えめな姿が、静かな地蔵川の風景によく似合っていました。

透明な水の中には、小さな魚の姿も見えました。

水草の間を泳ぐ魚を目で追っていると、川と町の距離がとても近いことに気づきます。

道と川の間に大きな柵があるわけでもなく、家の前には小さな橋が架かり、川の流れが暮らしのすぐ隣にあります。

地蔵川は観光のためにつくられた風景ではなく、昔からこの町の暮らしを支えてきた水なのです。

醒井宿というと、歴史ある建物や中山道の宿場町として紹介されることが多い場所です。

けれど実際に歩いてみると、その町並み以上に印象に残ったのは、絶えず流れ続ける水の音でした。

旅人の喉を潤し、町の暮らしを支え、今では梅花藻を育てている地蔵川。

醒井宿の歴史をたどっているつもりが、いつの間にか一本の川の流れを追いかけていました。

小さな清流の周りに人が集まり、やがて一つの宿場町が生まれる。

水とともに育ってきた町、それが醒ヶ井なのですね。