【建築のひとコマ⑩】本棚は、まっすぐでなくてもいい

こんにちは!長野で注文住宅・デザイン住宅を手がけている「ALOHA100」設計の中澤です。
建物の形や納まりに隠れた工夫を、設計を学んだ視点から紹介する「建築のひとコマ」。
今回は、福井県敦賀市、敦賀駅のすぐ横にある「ちえなみき」の紹介です。

「TSURUGA BOOKS & COMMONS」とあるように、一見すると図書館のようですが、ここは敦賀市が設置し、民間が運営する「公設民営型書店」です。
しかし、中へ入って最初に驚いたのは、その珍しい仕組みよりも本棚の形でした。
本を並べるための、まっすぐな本棚

一般的な書店や図書館では、まっすぐな本棚が一定の間隔を空けて、平行に並んでいることが多いと思います。
限られた面積の中に、できるだけ多くの本を収める。
それぞれの本を分類し、目的の一冊を探しやすくする。
本棚を平行に並べることは、収納量や動線を考えれば、とても合理的な配置です。
けれども、その効率のよさによって、私たちの歩き方も自然と決められます。
通路をまっすぐ進み、気になる棚の前で立ち止まり、次の列へ移る。
本を「探す」ためには分かりやすい一方で、歩き方そのものに大きな変化はありません。
しかし、「ちえなみき」の本棚は違いました。

こちらはちえなみきの館内マップ。
何やらすでに様子がおかしいですが...これは一体どういうことなのでしょうか?
一本の木から、知識が枝分かれしていく

吹き抜けを囲むように広がっていたのは、まるで一本の木が、何度も枝分かれを繰り返しているような本棚でした。
この空間のコンセプトは、「World Tree――世界樹」。
本棚は単に木の形をまねているのではなく、本とともに人が成長し、そこから新しい知識や興味が枝分かれしていく姿を表しているそうです。
よく見ると、書棚はどれも同じ方向を向いているわけではありません。
途中で折れ曲がったり、別の棚へ分岐したり、棚と棚の間に小さな空間が生まれたりしています。
当然、まっすぐな棚を平行に並べるより、収納効率は下がるはずです。
それでも、あえて本棚を曲げる。
すると、正面からは見えなかった本が、角を曲がった先で突然目に入ってきます。
目的の棚へ最短距離で向かうのではなく、木の枝をたどるように歩くことで、思いがけない一冊と出会えるのです。
ここでは本棚が、本を収納する「家具」であると同時に、人の視線や歩き方をつくる「建築」になっていました。
2階へ上がり、先ほどまで歩いていた本棚を見下ろすと、もう一つの仕掛けに気づきます。
普通、本棚の天板は、下から見ればほとんど意識されない部分です。
しかし、吹き抜けを設けて上から眺められるようにしたことで、本棚には「上から見られる面」が生まれます。
そこで天板を単なる仕上げとして終わらせず、言葉を載せる場所として利用しているのが面白いところです。
1階では本の背表紙を追い、2階では言葉を追いながら本棚全体を眺める。
見る高さが変わることで、同じ本棚がまったく違う表情を見せてくれました。
本棚の隙間が人の居場所になる

枝分かれによって生まれたのは、通路だけではありません。
本棚と本棚の間には、椅子や小さなテーブル、窓に面したカウンターなど、さまざまな居場所が散りばめられています。
一般的な書店では、本を選ぶ場所と、座って過ごす場所が分けられていることが多いように思います。
ところが、ここでは本棚のすぐ隣に椅子があり、気になった本を手に取ったまま、その場に腰を下ろすことができます。
広い読書室を一つ設けるのではなく、本棚の隙間に大小さまざまな居場所をつくる。
それによって、じっくり読書をしたい人、少しだけ本を眺めたい人、窓の外を見ながら過ごしたい人など、それぞれが自分に合った場所を選べるようになっていました。
本棚の配置によって生じる「余白」を無駄な空間にせず、人の居場所に変えているのです。
敦賀の記憶も、空間の中に

2階へ進むと、1階とは少し異なる表情が現れます。
天井から吊り下げられているのは、福井県出身の漢字学者・白川静にちなんだ古代文字の行燈です。
また、敦賀はかつて北前船の寄港地であり、大陸へとつながる玄関口でもありました。
その歴史をもとに、2階には波のうねりや帆船をイメージした意匠も取り入れられています。

どこにでもつくれる、おしゃれな本屋ではない。
敦賀という土地が積み重ねてきた歴史や文化が、本やサイン、照明、内装の中へ少しずつ組み込まれていました。
ちなみに「ちえなみき」という名前にも、「知恵」「千枝」「並木」「波」「千重波」といった複数の意味が重ねられているそうです。
枝分かれする本棚と、波を思わせる空間。
館内を歩いたあとで名前を見ると、その意味がすっとつながります。
本の森に漂う抹茶の香り

そして、ここはただ本が並んでいるだけの場所でもありません。
1階には、敦賀の老舗茶店「中道源蔵茶舗」が運営するカフェがあります。
私が訪れたときも、店内には抹茶のいい香りが広がっていました。
本棚の間を歩きながら本を選び、気になる一冊を見つけたら、好きな場所へ腰を下ろす。そこへ、ふわっとお茶の香りが漂ってくる。
書店にカフェが「併設されている」というより、書店全体が一つのブックカフェになっているような感覚です。
視覚だけでなく、木の質感や照明の温かさ、椅子に座ったときの落ち着き、そしてお茶の香りまで含めて、本と過ごす時間が設計されていました。
効率を崩した先に生まれるもの
本をたくさん収めるだけなら、まっすぐな本棚を平行に並べた方が合理的です。
しかし、「ちえなみき」が重視しているのは、本を効率よく収めることだけではありません。
枝分かれした本棚によって、人の歩き方が変わる。
角を曲がるたびに、見える本が変わる。
棚の隙間に、自分だけの居場所が生まれる。
少し迷うことさえも、本と出会うための体験になっています。
本棚は、まっすぐでなくてもいい。
効率を少しだけ手放したことで、ここには、本を探す場所ではなく、本の森を歩きながら興味の枝を伸ばしていく場所が生まれていました。





