【建築のひとコマ②】なぜ屋根まで?松崎のなまこ壁

こんにちは!長野で注文住宅・デザイン住宅を手がけている「ALOHA100」設計の中澤です。
建物の形や納まりに隠れた工夫を、設計を学んだ視点から紹介する「建築のひとコマ」。
今回は、静岡県は伊豆半島にある松崎町の紹介です。

静岡県松崎町を歩いていると、白と黒のひし形模様がいたるところに現れます。

建物の外壁はもちろん、塀や蔵、さらには橋の欄干にまで。

松崎町は「なまこ壁の町」と呼ばれています。

なまこ壁とは、壁に四角い平瓦を張り、その継ぎ目を漆喰でかまぼこ状に盛り上げたものです。

盛り上がった漆喰の形が海にいるナマコに似ていることから、「なまこ壁」と呼ばれるようになったそうです。

私がこれまで見てきたなまこ壁といえば、建物の腰の高さくらいまで施工されたものがほとんどでした。

外壁の下部は、地面から跳ね返った雨水や泥が当たりやすく、人や物がぶつかることも多い場所です。そのため、傷みやすい部分だけを瓦で覆って保護する。そんな腰壁としての使われ方をイメージしていました。

ところが松崎町を歩いていると、なまこ壁は腰の高さで終わりません。

建物によっては、壁の下から屋根のすぐ近くまで、一面がひし形模様で覆われています。

「なぜ、ここまで高く張るのだろう?」

腰まわりを雨や汚れから守るだけなら、壁一面を瓦で覆う必要はなさそうです。

そんな疑問を持ちながら、建物を眺めていました。

調べてみると、松崎町のなまこ壁は、この土地の気候と深く関係しているようです。

駿河湾に面する松崎町では、冬になると海から猛烈な西風が吹きます。

強い風に乗って雨が壁へ吹きつけるだけでなく、ひとたび火災が起これば、火の粉も遠くまで運ばれてしまいます。

そこで求められたのが、風雨に耐え、火にも強い建物でした。

壁に瓦を張り、目地を漆喰で固めることで、建物を風雨から守り、延焼しにくくする。

松崎町のなまこ壁は、町並みを飾るために生まれた模様ではなく、厳しい環境から建物を守るための外壁だったのですね。

さらに興味深かったのが、松崎町に残るなまこ壁の建物の多くが「蔵」だということです。

松崎町が平成14年に行った調査では、町内に残っていたなまこ壁の建物は189棟。

その内訳は、母屋が52棟、蔵が126棟、その他が11棟とのこと。

実に3分の2ほどが蔵ということになります。

蔵は、家財や商品など、大切なものを保管する建物です。下の部分だけでなく、建物全体を風雨や火災から守りたい。そう考えると、腰の高さで止めず、屋根の近くまでなまこ壁で覆う理由も見えてきます。

ただし、町にあるすべての建物が一面をなまこ壁で覆われているわけではありません。

母屋では腰まわりや妻壁に使われていたり、隣家からの延焼を防ぐため、建物が接近する側だけに施工されていたりします。

どうやら、建物の用途や風雨の当たり方、周囲の建物との位置関係によって、なまこ壁を使う場所と範囲が変わっているようです。

松崎町の建物を見ていると、「どの材料を使うか」だけでなく、「どこに、どこまで使うか」も設計なのだと気づかされます。

守る必要のある場所に、必要な材料を使う。

その結果として生まれた外観が、やがて松崎らしい町並みになっていったのでしょう。

また、松崎町で多く見られるのは、正方形の瓦を斜めに張る「四半目地」と呼ばれる形です。

斜めに張ることで、雨水が目地に沿って下へ流れやすくなります。

規則正しい白と黒の模様は単なる装飾のようにも見えますが、その張り方にも意味があるのですね。

そして、なまこ壁が松崎町に広まった背景には、町の産業も関係しています。

明治初期、松崎町では養蚕業が盛んになり、絹の輸出によって富を得た人たちが瓦葺きの堅牢な建物を建てるようになりました。その後、林業や漁業も発達し、豊かになった人たちが競うようになまこ壁の家を建てていったといいます。

なまこ壁には多くの瓦と漆喰が必要で、施工にも職人の高い技術と手間がかかります。

壁を守るための機能であると同時に、どこまで美しく、丁寧に仕上げられるかを競う、職人の腕の見せどころでもあったのでしょう。

現在では、橋や公共施設などにもなまこ壁の模様が取り入れられ、町を象徴する意匠になっています。

しかし、その模様だけを見て「松崎らしいデザイン」と捉えるのは、少しもったいないのかもしれません。

猛烈な西風から建物を守ること。

火災による延焼を防ぐこと。

蔵の中にある大切なものを守ること。

そして、養蚕業などによって発展した町の豊かさと、左官職人の技術を表すこと。

屋根の近くまで続くなまこ壁には、松崎町の気候、建物の用途、産業、そして職人の技術が重なっていました。

初めは「どうして、ここまで高く張るのだろう?」という小さな疑問でした。

しかし壁の使われ方を見ていくと、その土地で必要とされた機能が、やがて町を代表する美しい外観へと変わっていったことが分かります。

機能から生まれたものが、いつしか地域の風景になる。

これを建築の世界では「風土」と呼びます。

なまこ壁の街並みやその歴史は松崎の風土を育んだ大事な要素だったのですね。